宵闇に霞む赤い月。
其れは不吉を孕み、不気味な静けさを与える。
「バルドル」
バルドルと呼ばれた青年はゆっくりと振り返る。
「なんだい、ヘルモーズ」
ヘルモーズと呼ばれた青年はため息をひとつ。
「夜風に当たると体に障る。さっさと中へ入れ」
「大丈夫だよ。今宵の月をご覧、こんなにも静謐で美しいじゃないか」
「赤の月は凶兆だ。何が美しいものか」
言葉とは裏腹に、ヘルモーズはその月から目を逸らせずにいた。
確かに、美しい。
奈落へと至る道は、あるいは楽園へ至る其れよりも華々しいものであるという。
「ねぇ、美しいと思わない?」
突然、耳元に触れた囁き。
淫靡で官能的な声は、ぞくりとするような冷やかさを内に秘めていた。
「…バルドル、お前なぁ」
バルドルは愉快そうにくすくすと笑った。
「ヘルモーズ、君はもう少し修業をした方がいいようだね」
「お前に言われたくはない。ほら、もう中へ入れ」
「ブランデー入りのホットミルクを君が淹れてくれるなら考えてもいいよ」
「わかったわかった。ホットミルクでもココアでも淹れてやるよ」
「やけに素直だね。気持ち悪いよ、ヘルモーズ」
赤い月は二匹を見下ろし、そっと不穏な笑みをこぼした。
――イズレ、オ前達ハ其ノ絆ヲ断チ、我ガ名ヲ讃エ奈落ヘト至ルデアロウ…